媚びるように首を傾げてみせる。
「彼女の人生、どこまででも堕としてさしあげますわ」
自信満々。
「あなた、ご自分を犠牲になさっているつもりのようですけれど、彼女の身の上も所詮は私の掌の上にある事、おわかりではないようね」
外道めっ!
もう口から怒りが吹き出しそうになる。自殺どころか、この手で殺してやりたいとすら思う。
だが瑠駆真は、それをなんとか押し留めた。
美鶴の人生が、この女の掌の上で踊っているだと?
辛辣に自分の口元が歪むのを感じる。
そんな事、あるはずがない。退学? 構うもんか。僕はもともと学校なんて辞める覚悟なんだ。美鶴が追い出されるのも承知の上。僕と美鶴は、二人で唐渓を出て行くんだ。そうして二人で、日本も出て、誰にも邪魔されない場所へ行く。
美鶴は拒んだけど、結局はそうなる。なぜならば、それ以外に美鶴が生きていく道はないんだから。
ここに残れば、廿楽華恩に甚振られるだけ。決して幸せな生活は望めない。だが美鶴には、他に行くアテもないはずだ。
美鶴、君は僕と一緒になる以外、道がないんだよ。
瑠駆真は顎をあげ、大きく息を吸い、華恩の言葉に答えようと口を開けた。だが、言葉を出すことは出来なかった。瑠駆真が何かを言う前に、それは荒々しい音によって阻まれてしまった。
激しく扉を開ける音がして、人が入り込んでくる。半ば飛び込んできたといった恰好の二人の人物に、華恩がすかさず抗議をあげる。
「合図をするまで誰も入ってこないでって言ってあったでしょう?」
だが娘の抗議にも母は部屋を出て行く素振りは見せず、逆に小走りで娘の横たわるベッドに近寄る。そうして身を屈め、片手を娘の口に当てた。
「やめなさい」
掠れる声で娘を咎め、そうして瑠駆真を見上げて困ったような笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。本当に娘は我侭で、でも悪気はありませんのよ」
瑠駆真は目を丸くする。この家に着いた時、噛み付かんばかりの形相で瑠駆真を睨みつけた相手だ。
「娘をこのような状況に追い込んでおいて、ただで済むとは思わないでくださいませね」
小さな小部屋で待たされている間も、華恩の母親は時折姿を見せ、そのような嫌味とも脅しとも取れる言葉を吐き捨てていった。
「娘が、あなたを責めるのはやめてくれと懇願するから、こうしてお迎えしているだけですわ。娘の慈悲に感謝して頂きたいですわね」
つまり、これ以上娘に歯向かうなという事か。
吐きたくなるような気持ち悪さを感じながら無言で睨み返し、その態度にヒステリーのような声をあげていた。
そんな女性が、自分に詫びている。娘の言葉は我侭であると言い、だが悪気はないのだと言い訳している。
これは何かの罠か?
思わず身構えた瑠駆真の背後から、ゆったりとした男性の声。
「君に非がない事はわかっているのだよ。安心したまえ。大迫美鶴の謹慎も解いた。君がそれを望んでいるようだからね。明日から彼女は、また学校へ通える」
振り返る先で、蛇のような瞳がキラリと光った。だがそれは一瞬で、浮かべる笑みは温和そのもの。
「浜島先生」
驚愕と共に声をあげる華恩へなどは目もくれず、教頭の浜島は眼鏡をズリあげた。満面の笑みを浮かべ、だがじっくりと瑠駆真を見つめる。
「君に非はなく、彼女の我侭である事はわかっている。誰も君を咎めたりはしない。安心したまえ、山脇くん。いや――」
そこで浜島は少し大仰に右手を胸に当て、恭しく頭を下げてみせた。
「それとも、殿下、とお呼びした方がよろしかったですかな?」
眼鏡の奥の鋭利な光に、瑠駆真の瞳が大きく揺れた。
------------ 第11章 彼岸の空 [ 完 ] ------------
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